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六月は花嫁の季節⑧ [Le premier épisode]

明口からの見積もりは終礼時に担任を介して渡された。どうやら明口の奴、職権を濫用し、個人通達の形をとってコピーを営業部全員に配ったらしい。担任教諭がちょっと訝しげな目でこちらを見ていた。明口め、俺達の日々の努力を何だと思っていやがる。
それでも俺達は明口の為にウェディングドレスを縫うのだなぁ。蟹江の落胆を知りながら、その落胆を増大させながら。俺達の方が余程裏切り者みたいだ。急に明口を恨めしく思いながら封筒に入れられた明口の見積書を上からちろりと覗く。出さないのは明口のアホウが浮かれて自分の見積書を終礼を介して配布したことを秘密裡に守る為だ。ちらと見えたものを総合するとまずホワイトドレス。ウェディングドレスというのは得てしてそういうものだが、少女趣味だ。恥ずかしくないのかね。それが明口一人の意向でないにしても。反してカラードレス(つーか二枚目縫わせる気かよ!)はシャンパンゴールドのマーメイドラインのシンプルなデザイン。つーか雑誌切り抜いてカラーコピーするのやめろよな……。学校の経費だろ、これ!
しかしこのゴールドならスワロフスキーのライトコロラドトパーズなんかが合うだろうなぁ。倖田來未が缶酎ハイのCMでつけてた成長しつつある氷の結晶みたいなランダムな感じのをつけたら合うだろうなと、いけない、また妄想しかかっていた。取り敢えず袋の口を閉め、あっという間に過ぎてしまった終礼の、最後の起立礼だけはなんとか乗り切るや、鞄を引っ掴んで教室を出た。前の扉からは俺と同じ心境らしい小鳥遊が丁度同じタイミングで、蟹江が鞄を小脇に抱え極々自然な足取りで廊下に出てきた。
「じゃぁ、行こうか」
行き先は多分決まっている。そんな風に見て取れた。俺と小鳥遊は慌てて蟹江に従った。
「予算見た、蟹江君?」
小鳥遊が早足で蟹江に追いついてやっと並ぶや問うた。
「いや」
「新郎新婦物合わせて30万だってケチってるよね」
「先生にも事情があるんだろうよ」
この期に及んでも庇ってやるのか。しかし小鳥遊には不満な回答だったらしい。
「30万なんて下手したらホワイトドレス一着の値段だよ!だめだよ!」
「だめって、何が」
小鳥遊は力説する。
「だめなものはだめなの!蟹江君だって作る側ならわかるでしょう!?仕付け一つだって面倒だし大変なの!」
小鳥遊の言わんとするところは判らないでもない。多分、小鳥遊はそれでも明口を嫌えない蟹江の未練がましさをどうにか指摘したいのだろう。俺だって言いたい。巧く言えないから言わないだけで、言いたいんだ。
蟹江は薄く笑った。
「小鳥遊は面白いね。言いたいことがあるならちゃんと日本語にしないとね」
この余裕ぶっこきは何なんだ。小鳥遊の鬱積を一発で笑い飛ばしておいてこの未練たらたらぶり。俺の日本語も崩れてきた。
「今日はまだ色々固まっていないから吉祥寺にしよう。トビー、メモの用意はいいか」
この高完成度人造自然体、蟹江棕櫚め。それでもまだ蟹江は踏み止まっている。否、踏み止まったままこいつ、スルーしてしまうのではないだろうか。
「……万端だよ」
吉祥寺なら地元、俺達の学校の最寄駅。大概のものは金に糸目をつけなければここで揃ってしまう。布地専門店、羊毛専門店、ビーズ専門店、地元密着個人手芸店、いざとなれば総合手芸店もある。
「閉店の早い順に回ろう」
ここは蟹江に主導権を持たせきりでは男が廃る。西の布地専門店、アンティークビーズ屋、総合手芸店、総合ビーズ店の順で回るか。最初の二つは目の保養、後ろ二つが実際問題ってとこだ。


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