So-net無料ブログ作成

六月は花嫁の季節② [Le premier épisode]

音がすればそちらに首ごと向いてしまう。悲しい性(サガ)だ。缶コーヒーを上から掴んだまま掴んだ片手で器用にプルを引き、左手をズボンのポケットに突っ込んだまま急ぐでなく馬鹿に遅くでもなく、なぁんとなく視聴覚室まで歩いてきました的足取りで入ってきた。
「うっす」
「ようっす」
クラスの違う蟹江とは今日顔を合わせるのは初めてだ。挨拶なのか何なのかよく判らない声をかけられればつい返事をしてしまう。いやいやいやいや、さっきの梶と小鳥遊の遣り取りは丸々聞こえていた筈だが、蟹江はしれっと何事もなかったような余裕の様子で適当な椅子を引いた。
「あっれ?トビー、飯食ったのかよ?」
「まだだよ。蟹江は?」
「前の授業が音楽でサ。まだ」
音楽室は視聴覚室と離れている。音楽教師がぎりぎりまで授業をやってそれからだと言うが、その手の缶コーヒーを買う余裕があって急がず歩いて来たのだから、梶の言う通り蟹江にとって芳しくない知らせを明口は持ってくるのかもしれない。
歌が下手でも楽器が苦手でもない癖に蟹江は音楽の授業中はかなり消極的だ。名指しされればそれなりに動くし音も出す。しかし合唱となれば譜面を持って突っ立ってるだけ、合奏もなるべくその他大勢的楽器を選んで極力音を出さないで楽器を持っているだけ。協調性がないと評価されがちだが、点数が審査される場面になるとしっかり音も声も出すから教師も文句を言えない。音楽に限った態度ではないのだが、アヒル口が笑いを堪えているのか不満を抑えているのか判らないアルカイックスマイルは、明口の召集内容に対する不安も俺達の口さがない噂に対する不快もしっかり覆い隠している。
糊の効いたワイシャツの袖を折り返し、襟元を開いているが、アイロンのかけ方がいいのだろう、生地がへたらず、しゃんとしている。それが何だか今の蟹江そのものに俺には思えた。


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。