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六月は花嫁の季節⑩ [Le premier épisode]

蟹江と小鳥遊、俺の三人でリサーチと称する手芸店巡りを敢行している頃、学校の部室では蘇鉄、梶を中心に小物とドレスのデザイン計画を立て始めていた。
「このお姫様型ホワイトドレスはパニエが要るわね」
「アンがパニエとロングビスチェを撮ってきたよ。結構するね、かのちゃん」
「明口は馬鹿だからね、服飾が専門の癖に服の値段が全く分かっていないのよ」
「MIYUKIかトーホーの片穴パールで瞬殺カフリンクスか何かでその辺の予算を捻出しよう。それに揃えりゃアクセ類が安く上げられるからここから予算が沸いてくる」
蘇鉄は周りが思う以上にアイディアマンだ。彼の思いつきが営業部に利益を齎している。そんな騒がしい中、藤原白菊がコントレックスのボトルをすっと持ち上げた。藤原は“白菊”なんて純和風な名前の癖に、実はエレクトロマニアだ。そして藤原のmac――通称“藤原の白いノート”にはパターンだとかレシピだとか、どこから集めてきたのか知らないが、宝の山のように詰まっている。明口の予算表とわぁわぁ言う営業部員の言葉を聖徳太子のようにを藤原は黙ーって聴き取り、営業部が作るべき商品の雛型を黙ーって探し出すのだ。
コントレックスを消費しながら藤原は少しだけキーを叩く。数秒後、プリンタから型紙やらレシピやらが排出されてくる。それを拾っては梶が計算機とLet'sNoteを叩いて予算を組む。それとは別に梧桐が学校の無線LANのPCを良いように使ってセール情報を掻き集める。無論、梶のノートに蘇鉄と板垣が取り付いてメールを整理しながら協議を続けていく、それを聞き取りながらだ。
「ホリー、浅草橋とかでセールやってないの」
「どうにも……ちょっと遅いんだよねぇ」
ちっ、と梶が端なく舌打ち。
「あーあ、世間のボーナスがでるのを待ってセールか。明口にもこういうセンスを身につけさせたいわ」
そりゃ無理ってもんさ、梶の姐御。大体、教員なんて商売に安穏と10年近く浸かってきた女に資本主義とか経済観念が今更芽生えるわけが無かろうが。そういう明口に賢明な蟹江が惚れ込んだのか、やっぱり解らない(ループ)。
「仮縫い用のシーチングが来ない」
「板垣、蟹江にメールだ」
俺の携帯に飛ばすと写真の妨げになる。俺の携帯は吐き出し専用、蟹江の携帯は受け取り専用。


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六月は花嫁の季節⑨ [Le premier épisode]

布地専門店に入るとパッチワークを主体にしているため、アメリカンコットンクロスが目立つ。……が、こちとらそんなものには用はない。店の商品は位置はほぼ熟知している。
「チュールから行くか」
チュールレースとは絹、綿、ナイロンなどの縦糸を網状に絡み合わせて六角形の穴を作った張りのある薄布のことだ。多くの場合、刺繍模様が組み込まれている。ブライダル用ベールやドレスの部分使い、あるいはバレエ・コスチュームやパーティドレスに用いられ、他には帽子にも装飾としてあしらうこともある。よくハリウッド映画の葬式シーンなんかじゃ、未亡人は何のためかわからない頭に引っかかった黒い帽子に黒チュールが顔の上にかかっていて、黒いハンカチを目に当てて啜り泣く。今回はベールとパニエだ。ベールは外に出るものなので織り上がりの美しいチュールを使うが、パニエはアンダースカートなので、網戸の網ほどに張りがある方が優先だ。
よさそうな反を見つけたら、品番と商品と値段を携帯でがしがし撮る。この為に俺の携帯は写真のシャッター音を切ってある。つーか、藤原に改造された。だから俺の携帯は壊したら三泣きが入る。一、買い替えと思うだけで財布の痛みが泣かせる、二、このリサーチ業務ができなくなるのが痛くて泣ける、三、藤原に殺されるから泣く。ネガティブ思考は今はいい。撮ったら即梶のLet'sNoteに送る。多分、いや間違いなく今日は梶は学校で待ち構えていて俺からのメールが来るのを待っている筈だ。受信したらサクサクと値段入りカラーの生地一覧表を作ってデザインの段階から原価計算に入れるようにするのだ。因みに18時までに全部の資料を送りきって欲しいと梶はよく俺に言う。理由は簡単だ。18時までに送れば瞬速で梶がデータ処理し、印刷をかけてしまえる。勿論、学校のカラープリンタで印刷するためだ。
そうこうするうちに小鳥遊と蟹江ががつがつチュール、スカラップレース、サテン地、綿レース、リボン、コンシールファスナー、フック、ビスチェ用ボーン、裏地用ナイロンサテン果てはミシン糸まで選んで『撮れ』とばかりに俺に向ける。トホホ。このときばかりは上野動物園でカメラ係の世の中の父親達を笑えない。
男子二人に女子一人、それも小鳥遊のような男を手玉に取りそうにない女子が、という妙な取り合わせが手芸洋品店にいることはどうにも目を惹くらしい。確かに手芸ってのは暇のある主婦層に愛好者が多いのは事実だ。
だがそれが何だ。このおばはん共め、お前のそのシャネルのロゴの入ったバッグはなぁ……!
「トビー、よそのおばちゃんのバッグ見ていちいちカール・ラガーフェルドを想起するのやめなよ」
「小鳥遊、トビーはデザイナー志望じゃないくせにデザイナーが大好きなんだよ」
癇に障る言い方だが蟹江の表現が多分一番俺の感覚に近い。くそ、この人造自然体。感性まで自然で豊かな感受性を持つなよ。
二階の細々した材料を収集し終えると、次はアンティークビーズ屋に移動だ。ここは狭いので逆に店員の目が届きやすいのが難だ。人間の壁を作りながらのピックアップになるが、いまいちピンと来る商品がないらしい。よし、南口に移動だ。
ガード下をくぐって駅の南側に回ると、ずらりと並んだ飲み屋街の一番向こうに建設当初は駅ビルとして建てられた、今テナントとして総合手芸店の入っているビルがある。俺の携帯を小鳥遊に渡して蟹江と俺、小鳥遊の二手に分かれこのビルに入った。小鳥遊は性別女を活かして下着売り場へ行く。昨今作るより安いものなんてザラにある。下着類はその際たる物で、特に明口は決して太ってはいないが補正の必要な体形なので、必須要項なのである。そんな中に俺たちが行けないわけではないが、買う人買わせる人の手前多少遠慮してやるってのも真摯な考え方だと思うぜ。
逆に俺たちはそれを逆手にとって紳士服のセミオーダーコーナーに直行する。明口の予算の中にはモーニングコートの要請もあったからな。モーニングは極めて正式な礼服で、コート、レギュラーカラーまたはウイングカラー、フレンチカフスのシャツ、フォーインハンドタイかアスコットタイ、ウェストコート、白蝶貝か真珠のカフリンクス、裾の仕上げはモーニングカットのズボン、スリーピークのポケットチーフ、ストレートチップの靴が必須不可欠だ。本来色などの指定もあるのだが、ここは結婚式という虚仮威しの場で使うもの、そのくらいの譲歩とデザイン性は許されるだろう。靴くらいは用意してもらうとして、下着と同じ理由でシャツも買ったほうが安いかもしれない。
「六月にウールは暑いかな、トビー?」
「なら、演歌歌手みたいにサテンのキラツルテンにしちまうか?」
ちょっと質のいいサテンを使えば演歌歌手にはならないのは承知しているが、この際黙っておくことにした。このくらいの意趣返しはしたいものだ。これは小鳥遊から携帯が戻ってきてから激写するとして、チェックだけ入れたらまた生地売り場へ移動する。


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六月は花嫁の季節⑧ [Le premier épisode]

明口からの見積もりは終礼時に担任を介して渡された。どうやら明口の奴、職権を濫用し、個人通達の形をとってコピーを営業部全員に配ったらしい。担任教諭がちょっと訝しげな目でこちらを見ていた。明口め、俺達の日々の努力を何だと思っていやがる。
それでも俺達は明口の為にウェディングドレスを縫うのだなぁ。蟹江の落胆を知りながら、その落胆を増大させながら。俺達の方が余程裏切り者みたいだ。急に明口を恨めしく思いながら封筒に入れられた明口の見積書を上からちろりと覗く。出さないのは明口のアホウが浮かれて自分の見積書を終礼を介して配布したことを秘密裡に守る為だ。ちらと見えたものを総合するとまずホワイトドレス。ウェディングドレスというのは得てしてそういうものだが、少女趣味だ。恥ずかしくないのかね。それが明口一人の意向でないにしても。反してカラードレス(つーか二枚目縫わせる気かよ!)はシャンパンゴールドのマーメイドラインのシンプルなデザイン。つーか雑誌切り抜いてカラーコピーするのやめろよな……。学校の経費だろ、これ!
しかしこのゴールドならスワロフスキーのライトコロラドトパーズなんかが合うだろうなぁ。倖田來未が缶酎ハイのCMでつけてた成長しつつある氷の結晶みたいなランダムな感じのをつけたら合うだろうなと、いけない、また妄想しかかっていた。取り敢えず袋の口を閉め、あっという間に過ぎてしまった終礼の、最後の起立礼だけはなんとか乗り切るや、鞄を引っ掴んで教室を出た。前の扉からは俺と同じ心境らしい小鳥遊が丁度同じタイミングで、蟹江が鞄を小脇に抱え極々自然な足取りで廊下に出てきた。
「じゃぁ、行こうか」
行き先は多分決まっている。そんな風に見て取れた。俺と小鳥遊は慌てて蟹江に従った。
「予算見た、蟹江君?」
小鳥遊が早足で蟹江に追いついてやっと並ぶや問うた。
「いや」
「新郎新婦物合わせて30万だってケチってるよね」
「先生にも事情があるんだろうよ」
この期に及んでも庇ってやるのか。しかし小鳥遊には不満な回答だったらしい。
「30万なんて下手したらホワイトドレス一着の値段だよ!だめだよ!」
「だめって、何が」
小鳥遊は力説する。
「だめなものはだめなの!蟹江君だって作る側ならわかるでしょう!?仕付け一つだって面倒だし大変なの!」
小鳥遊の言わんとするところは判らないでもない。多分、小鳥遊はそれでも明口を嫌えない蟹江の未練がましさをどうにか指摘したいのだろう。俺だって言いたい。巧く言えないから言わないだけで、言いたいんだ。
蟹江は薄く笑った。
「小鳥遊は面白いね。言いたいことがあるならちゃんと日本語にしないとね」
この余裕ぶっこきは何なんだ。小鳥遊の鬱積を一発で笑い飛ばしておいてこの未練たらたらぶり。俺の日本語も崩れてきた。
「今日はまだ色々固まっていないから吉祥寺にしよう。トビー、メモの用意はいいか」
この高完成度人造自然体、蟹江棕櫚め。それでもまだ蟹江は踏み止まっている。否、踏み止まったままこいつ、スルーしてしまうのではないだろうか。
「……万端だよ」
吉祥寺なら地元、俺達の学校の最寄駅。大概のものは金に糸目をつけなければここで揃ってしまう。布地専門店、羊毛専門店、ビーズ専門店、地元密着個人手芸店、いざとなれば総合手芸店もある。
「閉店の早い順に回ろう」
ここは蟹江に主導権を持たせきりでは男が廃る。西の布地専門店、アンティークビーズ屋、総合手芸店、総合ビーズ店の順で回るか。最初の二つは目の保養、後ろ二つが実際問題ってとこだ。


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六月は花嫁の季節⑦ [Le premier épisode]

明口を残し、俺達はぞろぞろと視聴覚室から退散してきた。クラスのばらばらな俺達営業部だが、二年のHR(ホームルーム)は同じ階にあるから皆向かう方向は一緒だ。
梶は相当怒っているらしくどしんどしんと音がするような小走りで階段を駆け上がる。踊り場のごみ箱に缶を静かに入れた蟹江が多少落ち込んでいることは俺にも判る。
「……蟹江、今日はどこへ生地を見に行く気だ?」
本気で買うなら日暮里だが、下見程度なら近所で済む。いや、そんなことが確認したいのではなく、蟹江に掛けるべき言葉が何一つ思い付かなかったのだ。
「梶がああ言ってくれたからには明口先生が予算を提示してくるだろうから、それ見て考えよう。トビーはやる気だね」
梶の心意気をちゃんと汲み取っている蟹江はいい奴だが、俺が無神経に製作に乗り気みたいな言い方をするのはやめて欲しい。俺は俺なりに気を使っているんだ。蘇鉄がむっとしたように振り返る。
「蟹江」
「蘇鉄っつぁん、解っているよ。トビーが腹を立てていたこともね。梶のあの提案はとてもよかった。あのお陰で文化祭の展示品作るんだと思って割り切って作れるよ」
梶の足が階段を昇り切った。
「キク、あんたあの真っ白いノート持ってきてる?」
梶は振り返らず言った。真っ白いノートとは藤原の私物iBookだ。あれには物凄い秘密兵器がやたら詰め込んである。梶のLet'sNoteとは比べ物にならない。
「うん、勿論」
「ホリー、蘇鉄君、用意してもらいたいものがある。いい?皆、明口なんか喜ばせないわ。でも儲け重視でもなく行くわ。目標は文化祭。忘れちゃ駄目よ!」
「おう」
蘇鉄の声に全員が頷く。 それを確認して蘇鉄も頷く。
「中間試験はいつものように取り零しなく行くぞ。営業部存続は毎回毎回にかかっている」
それにも全員が頷く。営業部が営利を上げても教師共もPTAも生徒会も何も言わないのは、俺達が試験を乗り切っているからでもある。内職しても指名されれば答えられるようにする、構想練ってぼさっとしてても順番がくれば走るし歌うし読む。だから誰にも文句は言わせない。
階段のど真ん中で結束を固めた俺達は予鈴の音と共に散会した。

結局誰も一言も、明口に『おめでとう』と言わなかった。


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六月は花嫁の季節⑥ [Le premier épisode]

こんなセンスと気概は充分な明口だが、これで体がついていけていたら完璧だったのだろうけれども天は二物は与えても三つ目はくれなかったらしい。明口は所謂中肉中背、データが弾き出す『健康体』の範疇を確実に押さえているのだが、実際の理想的体形に当て嵌めるとやや肉付きがよい、つまり世の女性のうち、服を買うときMにするかLにするか、9号にするか11号にするか必ず迷わなければならない人種、なのだそうだ。明口が自己弁護的にそう言っていた。しかしそれが明口の家政学へのモチベーションであり、挑戦なのだろう。尤も、もっとデザイン業界が日本人体形の変化に気付いて戦後の純日本人体形をした人々は最早少数派であることを改革に掲げるべきなんだとは思うが。
その明口が洋裁の得意な小鳥遊の方に主に目を向けて、言った。
「ドレスを縫って欲しいの」
ドレス。日常に着ない服を指すことが多いドレス。この洋装文化の浅い日本でドレスと言ってすぐに思い付くのは非日常シーンだけだ。舞台に上がる時だけの装い。舞台……人生の舞台である場合も。
「せんせ、何でドレスなんか」
「決まってるでしょ、結婚するのよ」
俺の脇で5℃くらい気温が下がった気がした。無論下げたのは主に蟹江だ。だが蟹江だけでない。無邪気な表情を壊さない小鳥遊も、打掛が縫いたいと言った板垣も、まだ弁当を食っている梶もだ。多分俺も何とか顔色を変えずにいたが、間違いなくすぅっと冷めた。少なからず。
天衣無縫な厚顔さを持つ明口はそれでも気付かない。気付かれても困るけどな。蟹江の無謀な感情が突っ走ってしまわないことを願う蟹江を含めた俺達のスタンスとしては明口がこのくらい鈍くないと困ってしまう。
「……先生が着るんですか。」
この言葉の語尾は質問を意味する上がり調子ではなかった。蟹江が、持ってきた缶コーヒーを飲み干して嘆息のように言ったのだ。そして明口が応とも否とも言う前に立ち上がり、口を開いた。
「小鳥遊、トビー、今日帰りに生地を見に行くぞ。先生、必要なのはドレスだけですか」
「ん、アクセも、テーブル小物もできたら頼みたいなぁ」
蟹江がどんな気持ちかも知らず厚かましいことこの上ない。仕方ないが理不尽さに何か言わないと気が済まない追い立てられるような心持ちになりかけたとき、蟹江が俺を見たのだ。
見た――目配せだ、これは。
黙っていろ、飛永は言う義務も権利もない――ああ、そうとも、蟹江の、蟹江だけの問題さ。だが、この蟹江の目線をやっと食い終わった梶が見ていた。
「先生、終礼までに予算とサイズと希望の方向性、それと納期を出して下さい。六月は中間試験もあるんですからね、キャパシティの範囲内にして下さいよ?」
ここまで冷静になれないと駄目だ。言いながら梶は弁当箱を片付け、細かい刺繍が散らされた弁当包みにさっと包んで立ち上がった。予鈴まであと7分ある。梶に続いて藤原と梧桐が立ち、蘇鉄が立つ。蘇鉄に続いて蟹江が立ち上がったとき、板垣が立ちながら明口に尋ねた。
「先生、自分で縫わないの?」
それもそうだ。明口は家庭科教師だろう?しかし明口は肩を竦めただけだった。
「できればそうしたいけどね」
新婦には新婦なりの忙しさがあるのだろう。しかしいくら忙殺されるとはいえ、もう少し言い方があったのではないかと思う。しかしそれが梶の癇に障ったらしい。梶はもう視聴覚室を出掛かっていたのに態々、それも蘇鉄を押し退けて戻ってきて言った。
「……引き受けますよ、明口先生。但し条件があります。」
「梶」
「おい、梶……」
「蟹江君は黙ってて。日浦君も。お代金は一銭とも負かりません。それと、作った挙式セット一式は式当日使って頂いて構いませんが、すぐクリーニングして一度我々営業課にお戻し下さい」
「えっ?」
これ以上の質問語を吐き出さなかったのは明口の教師のプロフェッショナル精神の賜物だろう。
「秋の文化祭で展示します。勿論文化祭が終わればお渡ししますよ、勿論ね。それが手芸部顧問として当然のスタンスだと思いません?思いますよね」
にんまり笑って梶は今度こそ視聴覚室から去っていった。梶風信子。営業課の鉄面皮。誰よりも仲間を大事にしている女。俺達の歳で言うにはこそばゆい言葉で言えば――仲間を愛している女。そして、計算機とその機転で仲間を守っている。


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六月は花嫁の季節⑤ [Le premier épisode]

「やっ、皆集まってるね!」
話の腰を折るように視聴覚室に来たのがここに八人を集めた張本人、明口椿だった。当年とって29歳、本人に言わせると『ギリギリ』なんだそうだ。ギリギリであるかそうでないかは置いておくとして、家庭科教師とは思えない豪放磊落な当部顧問である。
蟹江の顔から表情が消えた。
と言っても蟹江の場合、無表情があのアルカイックスマイルなのでその変化に明口は気付かなかっただろう。豪放磊落は半面、鈍感だ。
明口は浴衣縫いの授業が終わるや板垣達を追うように視聴覚室にやって来たに違いない。彼女達は放って置かれても悪さこそしないが、余り布と時間があればお手玉の量産を始めることは目に見えている。
「ね、お願いがあるんだけど」
お?手芸部営業課にお願いとは大きく出たな?三年と一年を避けてこの『営業部』呼ばわりされる二年だけを集めたからには対価を払う気がある、とそう考えてよいということか。
「あなた達に作ってほしいものがあるの」
明口は教壇へは上がらず、俺達が適当に座った席の中央辺りに椅子を引っ張ってきて座った。
「……それは顧問として言ってるの、せんせ?」
小鳥遊が無邪気な口調で核心を突く。顧問として言っているならこのお話とやらは眠たいだけだ。義務で作るものなんざ、嵩が知れている。
「顧客として、言ってるつもりなんだけどな」
明口は組んだ足の上に肘を突いた。安いナースシューズや運動靴を校内履きにしている教師が多い中、明口はオープントウだが黒皮のバックストラップのハイヒールを通している。多分あれはLIZの靴だろうと梶が言っていたっけ。お堅いスーツではないが常にそこそこの線を守り、OL向けの女性ファッション誌の『着回し一ヶ月』のような遊びはあるが隙のない装いを保っている。ケミカルレースで切り張りしたようなキャミソールなんざ絶対着ない。それが俺達顧問のセンスだ。


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六月は花嫁の季節④ [Le premier épisode]

「いいなぁ、技術は……家庭科なんか浴衣だよう?どうせなら打掛とか縫いたいよねぇ」
「私振袖がいい」
「そう?黒留袖の方がよくない?」
きゃいきゃい現れたのは板垣、藤原、梧桐だ。打掛が板垣木綿、振袖が藤原白菊、黒留袖が梧桐鳳梨。彼女ら三人が言いたいのは浴衣を難しいから縫いたくないということではない。あいつらは打掛だろうが振袖だろうが留袖だろうが縫えるに違いないからだ。
「材料余ってるから何か作れよ。いい値段で売れるぜ」
蘇鉄が硝子の切れ端をぴらぴらと振ってみせる。
光り物に目のない女性陣がわっと目を集める中、弁当をもそもそ食いながら梶が冷徹に言い放った。
「あんまり大物作っちゃダメよ。価格帯を上げたら売れ残るわ」
ついついマニアックな技巧に走りがちの俺達に常に制動をかけるのが梶の役割でもある。俺達八人の誰が欠けても営業部は成り立たないが、梶がいなければ確実に売れる値段のものは作れない。
「とすると小物入れ程度のものしか出せないか。オール硝子のアクセサリーなんか重いだけだしな」
蘇鉄の言う通り、ステンドグラスで作ったコサージュなんか重くてつけた服が撓んでしまうだろう。俺達の顧客は所詮高校生ばかりだ。時折混ざる教師共が少し大物を買っていってくれるが、高校生の購買意欲は自分自身にしか向いていないからインテリアなんかには目が向かない。あーあ、蟹江のナイトランプなんか物がいいから、俺達がつける値段で売ったら大大大特価なんだけどなぁ。
「蟹江くぅん、トビーが妄想突っ走ってるよぅ~」
「板垣、トビーのあれが無いと営業部は成り立たないから」
……蟹江に鷹揚にフォローされてしまった。なんか恥ずかしい。つーか、誰にフォローされるより蟹江にやんわりフォローされるのが一番恥ずかしいのではなかろうか。


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六月は花嫁の季節③ [Le premier épisode]

「蘇鉄っつぁんは?」
「多分まだ工作室じゃね?」
俺達手芸部には男は俺を含めて3人だけだ。完成度の高い人造自然体、蟹江棕櫚。俺、飛永蓮。それと今昼前の授業でステンドグラスを嬉々として作っていると思しき日浦蘇鉄。きっと工作室で作業が速いのをいい事に何人かにひとつしかない半田鏝をひとつ独占しているに違いない。
「……あれは面白いな」
滅多に感情をそのアルカイックスマイルの水面以上に出さない蟹江だが、ものを作ることとなると多弁になり、表情が見える。
「蟹江はどんなの作っているんだ?」
「俺?」
「蟹江のステンドグラスはやたら乙女チックだぜ」
硝子の破片をを籠に纏めて蘇鉄は視聴覚室へやってきた。俺の想像に反し、授業中は硝子の切り出しに専念し、銅テープを午後の授業の内職にするつもりのようだ。そういえば蘇鉄は硝子工芸が得意だった。ウキウキ加減は俺や蟹江の比でないだろう。
蘇鉄の言葉は俺達三人が最も嫌う言い回しに近い表現だが、敢えて蘇鉄が使うのだから余程愛らしいデザインが実現できているに違いない。
「ペブル硝子を……わーかったよ、そんなに睨むな蟹江ぇ」
「花模様の吊り下げランプだよ」
蟹江は事も無げに一言で言い切ったが、蟹江のことだから何らかの仕掛けがあるに違いない。一件普通、実質は中身が濃い。それが蟹江の作品だ。
「トビーの小鳥の壁面ランプ、あれはよくできているね」
俺の課題もランプだが、下底の方が短い台形で、絞り出し袋よろしく丸まっている壁際設置用ナイトランプだ。曲面に合わせて小鳥のパーツも反らせるという曲芸をやってのけたのは俺的には最高水準だが、蟹江棕櫚や日浦蘇鉄の芸の細かさに比べたら下の下の下。卑屈になっちゃうぞ。
「あれ、半田を黒染めするの?」
「ブラックパティーナか……面倒だな」


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六月は花嫁の季節② [Le premier épisode]

音がすればそちらに首ごと向いてしまう。悲しい性(サガ)だ。缶コーヒーを上から掴んだまま掴んだ片手で器用にプルを引き、左手をズボンのポケットに突っ込んだまま急ぐでなく馬鹿に遅くでもなく、なぁんとなく視聴覚室まで歩いてきました的足取りで入ってきた。
「うっす」
「ようっす」
クラスの違う蟹江とは今日顔を合わせるのは初めてだ。挨拶なのか何なのかよく判らない声をかけられればつい返事をしてしまう。いやいやいやいや、さっきの梶と小鳥遊の遣り取りは丸々聞こえていた筈だが、蟹江はしれっと何事もなかったような余裕の様子で適当な椅子を引いた。
「あっれ?トビー、飯食ったのかよ?」
「まだだよ。蟹江は?」
「前の授業が音楽でサ。まだ」
音楽室は視聴覚室と離れている。音楽教師がぎりぎりまで授業をやってそれからだと言うが、その手の缶コーヒーを買う余裕があって急がず歩いて来たのだから、梶の言う通り蟹江にとって芳しくない知らせを明口は持ってくるのかもしれない。
歌が下手でも楽器が苦手でもない癖に蟹江は音楽の授業中はかなり消極的だ。名指しされればそれなりに動くし音も出す。しかし合唱となれば譜面を持って突っ立ってるだけ、合奏もなるべくその他大勢的楽器を選んで極力音を出さないで楽器を持っているだけ。協調性がないと評価されがちだが、点数が審査される場面になるとしっかり音も声も出すから教師も文句を言えない。音楽に限った態度ではないのだが、アヒル口が笑いを堪えているのか不満を抑えているのか判らないアルカイックスマイルは、明口の召集内容に対する不安も俺達の口さがない噂に対する不快もしっかり覆い隠している。
糊の効いたワイシャツの袖を折り返し、襟元を開いているが、アイロンのかけ方がいいのだろう、生地がへたらず、しゃんとしている。それが何だか今の蟹江そのものに俺には思えた。


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六月は花嫁の季節① [Le premier épisode]

 梅雨時だというのに全く雨が降らない。四国では渇水しているなどというニュースが流れている。ここは視聴覚室。顧問の明口先生が相談があるというから待っているのだが、一向に来やしない。小鳥遊が暇を持て余してテレビをつけたらこの辛気臭いニュース。尤も来ないのは明口だけでなく、他の手芸部のメンバーも来ないのだから納得行かない。そんなに俺飛永蓮と小鳥遊あんが暇なのか。そんなことはないそんなことはない。昨日始まったばかりの食堂の夏限定メニュー、冷やし中華の魅力を振り切って俺はここにいるんだからな。
「おなか減ったよトビー……」
「俺だって減ったよ」
「喉渇いた」
「俺の分も買ってきて」
……不毛だ。何故来ない、明口以下の連中は。誰より兎も角、明口の召集だというのに蟹江が来ないのが納得行かない。異常ですらある。実は本人は必死で隠しているつもりらしいが、俺達『営業部』にはバレバレだ。明口は教師、蟹江は高二生だから所詮憧れとか気の迷いみたいなもの、友情というより人情でかなり生温い目で見守っている。
「蟹江君来ないね」
小鳥遊も同じことを考えていたらしい。
「イの一番に来ると思ったのに」
「明口の名前だけで素っ飛んで来る奴なのにな」
蟹江棕櫚は無駄に自然体な性質で、一歩引いたようなスタンスでいることが多い。何かと率先してやるタイプではないが、こいつがいないと物事が滞ってしまう、という位置にいることが多い。程よく日焼けなどしてスポーツ好きの癖に意外とちまちました作業が好きというのは奴の得意分野が金属加工だということで頷ける。
「何言われるか見当ついてるからじゃない?」
弁当持参で入ってきたのは梶風信子(かのこ)だった。ちゃっかりしてやがる。
「かのちゃん、明口せんせの用事が何だか知ってるの?」
「まぁね」
「蟹江君ががっかりする系?」
「おそらくね」
梶は小鳥遊に返事をしながら弁当をひろげつつき始めた。梶は妙に情報通である。何故新聞部に所属していないのかと思うくらい情報が早く、正確だ。その梶が言うのだから間違いあるまい。蟹江ががっかりするような話?梶と小鳥遊はしたり顔で頷き合っているが、俺にはぴんとこない。
「トビーは鈍ちんね」
鈍い言われてしまった。反撃をせねばと口を開きかけたとき、カコッと缶のプルを折り上げる音がした。


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